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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)5575号 判決 1998年3月19日

原告

和田正輝

被告

前田信行

主文

一  被告は、原告に対し、金一一三万六二九九円及び内金一〇三万六二九九円に対する平成八年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六七〇万円及び内金六〇〇万円に対する平成八年六月二一日から支払済みまで年五分の割台による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告運転のワゴン車と原告運転の原動機付自転車とが衝突した事故につき、原告が被告に対し、自賠法三条及び民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む)

1  事故の発生

左記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成五年六月一〇日午後四時三〇分頃

場所 大阪市天王寺区北河堀町六番二〇号先路上(乙一)(以下「本件事故現場」という。)

事故車両一 ワゴン車(なにわ五五ゆ二七二一)(以下「被告車両」という。)(甲三九)

右運転者 被告

事故車両二 原動機付自転車(大阪市北う八九〇六)(以下「原告車両」という。)(甲三九)

右運転者 原告

態様 右折中の被告車両と直進中の原告車両とが衝突した。

2  損害の填補

原告は、本件事故に関し、被告が加入していた保険会社から合計一〇四万七七一五円の支払を受けた(原告自認)。

二  争点

1  被告の過失

(原告の主張)

原告は、原告車両を運転して西行の一方通行道路を西進していたが、同方向に先行していた被告車両が道路左側に寄って停止したため、原告が被告車両の右側を通過しようとしたところ、被告車両が急に発進し、右折の合図もせず右に曲ってきたため、原告と被告車両の右前部とが衝突し、原告は転倒した。

被告には、いったん停止後発進し右にハンドルを切るにあたっては右折の合図をするとともに右後方から進行してくる車両の安全を確認すべきであったのに、これを怠った過失がある。

(被告の主張)

被告車両が道路左側に寄って停止したこと、被告車両が急に発進したことは否認する。

2  原告の過失

(被告の主張)

原告は、被告車両がいったん停止してハザードランプをつけずブレーキランプしかつけていないのを見て、安易に原告が被告を追い抜くまで被告が停止し続けていると誤信した。

原告は、十分に減速した上、被告車両の動静を慎重に確認しながら、できるだけ被告車両と離れた位置を通過すべきであったところ、これらの点で十分な注意義務を果たしたとはいえず、過失が認められる。原告の過失割合は三割以上というべきである。

(原告の主張)

争う。

3  原告の損害額

(原告の主張)

(一) 治療費 一〇五万四〇〇五円

(二) 休業損害 一一三八万三〇一五円

(三) 通院慰謝料 一五〇万円

(四) 弁護士費用 七〇万円

(被告の主張)

不知。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1及び2について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実、証拠(乙一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪市天王寺区北河堀町六番二〇号先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場を通る道路(以下「本件道路」という。)は、ほぼ東西方向に走る西行の一方通行路(市道)であり、車道部分の幅員は約四・七メートルであり、制限速度は時速三〇キロメートルと指定されていた。本件事故現場の北側には本件道路に接して天王寺中学校がある。

被告は、平成五年六月一〇日午後四時三〇分頃、被告車両を運転し、別紙図面<1>地点において一時停止した後(ハザードランプをつけずブレーキランプをつけていた。)、天王寺中学校に進入するため、右折の指示器を出すことなく、右折を開始したところ、同図面<×>地点において後方から直進進行してきた原告車両が被告車両の右前部に衝突し(衝突時の被告車両の位置は同図面<2>地点、原告車両の位置は同図面<ア>地点)、原告車両は同図面<イ>地点に転倒し、被告車両は同図面<3>地点に停止した。被告は、衝突時に初めて原告を発見した。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、主として、被告が本件道路から路外の中学校に右折進入するにあたり、右後方から直進進行してくる車両の有無・動静に注意し、安全を確認して進行すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠ったまま漫然と進行した過失のために起きたものであると認められる。しかしながら、その反面において、原告としても、いったん停止した被告車両の右横を追い越しながら走行しようとする以上、その付近における路外への進入路の有無、被告車両の動静につき一定の注意を払いつつ進行することが期待されたというべきであるところ、前記事故態様によれば、被告車両の右横には比較的広いスペースがあったにもかかわらず、そのすぐ脇を走行したものであり、原告にも被告車両の動静について注意を欠く点があったことは否定できない。それゆえ、本件事故の主たる原因が被告の過失にあるとしても、一方的に被告の過失のみをとがめるのは公平に反する。したがって、本件においては、前認定の一切の事情を斟酌し、一割の過失相殺を行うのが相当である。

二  争点3について(原告の損害額)

1  証拠(甲一ないし一二、五七、五九、乙二、三、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告(昭和一七年八月八日生)は、本件事故当時、広告制作、販売促進の企画制作、デザイン、セミナーの開催、講演の実施、講演テープの販売等の仕事を行っていたものである。原告は、本件事故当日の平成五年六月一〇日、辻外科病院にて診察を受け、外傷性頸部頭部症候群、頭部打撲、右肩腱板損傷、右肘・左示指中指環指挫創の傷病名で、診察を受け、初診時には、X線検査では、頭部・頸椎とも特段の異常はなく、約二週間の通院加療見込みと診断された。その後、湿布、マッサージによる対症療法的治療を受け、同月一六日には症状は軽減してきたが、同年七月七日の時点では、頭痛が時々する、頸は動かすと痛い、腕はだるい、肩凝りがする、疲れやすい、ねむれない、同月五日から仕事は少し行っているが、作業をするとすぐ疲れて眠くなると訴えていた。原告は、同病院の治療に関し、医師やマッサージの担当者が一貫していないこと等の不満を感じていたことから、同年六月一〇日から同年七月七日まで通院して(通院実日数八日)、その治療を終了した。

(二) その後、原告は、病院を探していたが、しばらくして、文字が思うように書けなくなっていることに気づいた。平成五年一〇月一日、行岡病院に転医して、右上肢脱力感、しびれ感、右手企図振戦等を訴え、右外傷性頸腕症候群と診断された。徒手筋力テストの結果は、右手が軽度低下であった。同月九日の挙上テストでは異常はみられず、同月一二日には、時計のアラームの音が聞こえないと訴え、自覚的聴力検査が行われ、(両)感音性難聴の傷病名が追加された。同月一五日には、右手腕の症状は少しづつ軽快してきたとされたものの、その後も、右手のしびれ感、脱力感等を訴え続けた。同月二二日には、星状神経節ブロックが行われたが、効果はなく、その後に予定されていた星状神経節ブロックは中止された。平成七年六月九日には、筋電図検査が実施されたが、検査担当者からは、検査結果は正常であり、頸椎障害の所見は認められないと報告され、企図振戦が強く、βブロッカーかマイナートランキライザーを試して下さいと意見が述べられた。βブロッカー、マイナートランキライザーは自律神経失調症に対する適応薬である。同医院では、右外傷性頸腕症候群につき、理学療法(簡単)、消炎鎮痛処置を中心とする対症療法が行われたが、(両)感音性難聴につき、特段の治療が行われた形跡はない。原告は、同年六月二〇日まで通院した(通院実日数一一六日)。原告自身は、同病院に通院している間に症状が良くなったことはないと感じている。

(三) 行岡病院の速水医師は、平成七年六月二〇日をもって、原告の症状が固定した旨の診断書を作成したが、同診断書によれば、自覚的には、頭痛が伴いやすく、頸の周囲に張った感じが残り、右手首の感覚が鈍り、右手にしびれ感があり、左耳が聞こえにくくなっているとされ、他覚症状及び検査結果としては、右大後頭神経部、両側コメカミ部、下位頸椎棘突起部、右側頸筋部、右肩僧帽筋部等に圧痛があり、右手尺側に知覚鈍麻があり、上肢・腱反射は正常であり、X線像において頸椎第五/第六、第六/第七椎体後方骨棘ありとされ、右手尺側の知覚鈍麻については、疑問も留保しながらも第七、第八頸髄神経根障害によるものかというコメントを付し、上肢・手の振戦と感音性難聴はバレー=リュー症候群による症状と思われるとの意見が述べられている。

(四) 自算会調査事務所は、原告の後遺障害につき等級非該当と判断した。

2  損害額(過失相殺前の損害額)

(一) 治療費 一〇五万四〇〇五円

原告は、本件事故による傷病の治療費として、一〇五万四〇〇五円を要したと認められる(甲三二ないし三七、乙四、弁論の全趣旨)。

(二) 休業損害 一四三万三四二四円

前認定事実によれば、原告は、本件事故日の翌日である平成五年六月一一日から同年九月三〇日までの一二二日間は平均して四〇パーセント、平成五年一〇月一日から症状固定日である平成七年六月二〇日までの六二八日間は平均して二〇パーセントその労働能力が制限される状態であったと認めるのが相当である。

この点、被告は、原告が行岡病院で訴えた病状(主として企図振戦等右手に関する症状)は、本件事故と相当因果関係がなく、自律神経失調症によるものであるとし、行岡病院における治療内容が対症療法に終始していることからみても、休業期間は平成五年六月一〇日から同年七月七日まで(辻外科病院通院期間)とみるべきであると主張する。まず、行岡病院で訴えられた病状と本件事故との相当因果関係について検討するに、確かに、原告が行岡病院で訴えた病状は自律神経に由来するものと考えられる。しかしながら、<1>原告はデザイン、企画、講演等文字や図形を書く仕事を行っていたところ、本件事故前にはこのような仕事を行う上で特段の支障はなかったこと(原告本人)、<2>行岡病院の速水医師は上肢・手の振戦と感音性難聴はバレー=リュー症候群による症状と思われるとの意見を述べていること(前認定事実)、<3>被告は原告の右手に関する症状の訴えが本件事故後かなり経過してから生じたことを問題にしているが、辻外科病院の診療録に貼付されている原告作成のメモ(平成五年七月七日付でその時の症状を記載したメモ)をみると、既に振戦の兆候がみられるし(乙二)、バレー=リュー症候群は受傷後数週間経過してから発現することが多いことにかんがみると、被告が問題とする症状も、本件事故に基づくバレー=リュー症候群によるものと説明することができるというべきである(なお、後記のとおり、本件事故による外傷以外の要因の存在も推認される。)。次に、行岡病院の治療内容が対症療法を中心としていたことは被告主張のとおりであるが、作業療法(簡単)も行われていたこと(乙三)、原告は担当医から体を動かすよう指示されていたこと(原告本人)にかんがみると、担当医としては、対症療法を行いながらその間に作業による治癒ないし自然治癒を期待したものと考えられるのであって、一義的に明確なものとはいえない症状固定時期の判断にあたっては、実際に診察した担当医の判断を尊重すべきである。したがって、被告の右主張を採用することはできない。

次に、休業損害算定上の基礎収入について判断する。この点、原告は、年収三九〇万二七四九円(月収三二万五二二九円)であると主張し、これに沿う書証として、自ら作成した平成四年度の売上高・仕入高・利益の説明書(甲四〇、四八)を提出する。しかしながら、右書証に記載されている経費等が正確なものかどうかにつき疑問の余地があることは否めないし、平成元年分の確定申告においては所得が三九万八九三五円にすぎないこと(乙七)、平成二年分ないし四年分については確定申告をしていないこと(原告本人)にかんがみると、平成元年と平成四年とでは原告の仕事内容の比重が変化し、売上・経費を構成する内容に変わっていたとしても、甲第四〇、第四八号証をそのまま信用することはできず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。とはいえ、甲第四〇、第四八号証が極めて詳細に記載されたものであること、原告は安易に賃金センサスによる主張をすることなく実収入を基礎にした主張をしていること等からすると、甲第四〇、第四八号証に記載された利益(所得)そのものを裁判上認あることはできないものの、平成四年度の所得は、これと極端には異ならない程度のものであったと解され、平成元年分の確定申告等を勘案し、三〇〇万円の限度で認めるのが相当である。

以上を前提に休業損害を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 3,000,000×0.4×122/365+3,000,000×0.2×628/365=1,433,424(一円未満切捨て)

(三) 通院慰謝料 六〇万円

原告の傷害の程度等を考慮すると、右慰謝料は六〇万円が相当である。

3  過失相殺後の金額 二七七万八六八六円

以上掲げた原告の損害額の合計は、三〇八万七四二九円であるところ、前記一の次第でその一割を控除すると、二七七万八六八六円(一円未満切捨て)となる。

4  素因減額後の金額 二〇八万四〇一四円

前記のとおり、被告は、原告が行岡病院で訴えた病状(主として企図振戦等右手に関する症状)は、自律神経失調症によるものであるとし、本件事故と相当因果関係がないと主張しているから、仮に相当因果関係が肯定された場合には、素因減額の主張を黙示的にしているものと解するのが相当である。

この点、行岡病院において、平成五年一〇月二二日に頸部交感神経の過緊張状態を緩和しうる星状神経節ブロックが行われたが、効果はなかったこと(前認定事実)に照らすと、企図振戦等の症状の全てが外傷によるものと考えるのは合理的ではなく、心因的要因を含め他の疾患が併発しているものと推認される。したがって、本件においては、過失相殺の法理を類推適用して、二割五分の素因減額を行うのが相当である。そうすると、前記過失相殺後の金額二七七万八六八六円からその二割五分を控除することになり、控除後の金額は二〇八万四〇一四円(一円未満切捨て)となる。

5  損害の填補分を控除後の金額 一〇三万六二九九円

原告は、本件交通事故に関し、被告が加入していた保険会社から合計一〇四万七七一五円の支払を受けたことを自認しているから、これを素因減額後の金額二〇八万四〇一四円から控除すると、残額は一〇三万六二九九円となる。

6  弁護士費用 一〇万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告の弁護士費用は一〇万円を相当と認める。なお、請求の趣旨及び原因からすると、原告は弁護士費用については遅延損害金を請求しない趣旨と解される。

7  まとめ

よって、原告の損害賠償請求権の元本金額は一一三万六二九九円となる。

三  結論

以上の次第で、原告の被告に対する請求は、一一三万六二九九円及び内金一〇三万六二九九円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成八年六月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割台による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

別紙図面 交通事故現場見取図

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